神社名 | 舞※草神社(モクサジンジャ) 舞の字は、正しくは人扁がつくが、文字コードにないので「舞」で代用している |
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旧社格 | 村社(式内社) |
鎮座地 | 岩手県一関市舞川字大平5番地 |
祭神 | 稲倉魂命(イナクラダマのミコト) 伊弉册命(イザナミのミコト) |
例祭日 | 4月17日 |
宮司 | 駒形和宣氏 |
連絡先 | 〒029−4101 岩手県西磐井郡平泉町長島字二反田一〇七番地 電話 0191−46−5319 |
養老2年(AD718)創建の白山妙理権現が舞草神社と伝えられ、仁寿2年(AD852)7月神階従五位下授かると「文徳実録」に記載されており、延長5年(AD927)12月26日奏請された延喜式神名帳に陸奥国一百座内磐井郡二座に名を連ね隣接の配志和神社と共に其の社格を誇る存在である交通
一方、大同2年(AD807)征夷大将軍坂上田村麻呂東夷征討の祈願成就の礼として、同社地の一角に観音建立
降って平泉藤原三衡これに深く帰依し、堂塔貢米を寄進し二十四坊を数うる吉祥山東城寺なる一大寺院を構築したが天正2年(AD1574)2月27日、更に文禄元年(AD1592)3月12日の二度による野火火災にあい一山の堂宇僧坊、伝記由来の書物悉く焼失
慶長6年(AD1601)吉祥山東城寺再建
文化8年(AD1811)9月仁王門(現在の随身門)建立
舞草神社は東城寺と併存し、地方民の篤い信仰を集めていたものと思われる
明治9年(AD1876)9月17日随身門を残し社殿火災焼失
大正2年11月17日本堂造営
大正9年神輿堂造営
昭和12年3月16日拝殿新築
平成元年神饌殿、神鐘楼建立
現在に至る
東磐交通「下平」停留所から表参道黒門まで約1.5km境内のたたずまい
黒門から本殿まで山道を徒歩で約800m、標高差約170m
岩手県交通「平石」停留所から東参道東門まで約1.5km
東参道東門から表参道黒門まで約1.3km
東参道東門から本殿下まで車道約2km