神代の物語です。伊邪那美命(イザナミノミコト)が大八嶋国(オオヤシマグニ・日本)をお生みなされ、更に石の神、風の神、海の神、川の神などおおぜいの神をお生みになって、最後に火の神をお生みになったとき、陰部を焼かれてとうとうお隠れになってしまいました。夫である伊邪那岐命(イザナギノミコト)はとても嘆き悲しみ、火の神を切殺してしまわれました。それでも伊邪那岐命は心が癒えず、黄泉の国まで最愛の妻に会いに出掛けて行き、更に物語が続いてゆきます。
さて、この火の神の名を火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)といいます。また、出産が「あだ」になってしまった「子」ですから愛宕神(アタゴノカミ)ともいいます。火は人間生活に欠くことのできない有用なものでありながら、一方では災いをもたらしてしまいます。燃える炎には非常に神秘的なものを感じさせられます。
配志和神社御本殿に向かって右隣のお社が、この神を奉っております愛宕神社です。火伏せ、防火の神様として、また交通安全、厄難消除の神様として信仰されています。
社殿は記録がないのでハッキリとしたことは分かりませんが、御本殿と同様のけやき材が使用されていることから、同時期に建立された物ではないかと想像されます。
例祭日は一月二四日です。旧暦では、新暦三月上旬の啓蟄の頃にあたりますので、生命のうごめき始まり萌え始める春のお祭りであることが分かります。
昭和三十年代頃までは、新春とはいいながらも、新暦では厳寒の中、神輿を担いで御巡幸していました。配志和神社から、立鉾神社(山目立沢)、主二神社(山目十二神)、八雲神社(青葉町)と末社を廻っていたのでした。高度経済成長による都市化の進展に伴い、神輿渡御は行われなくなりました。ちょっと寂しいですね。
現在は例祭日にあわせて御神符を頒布して、御神徳をいただいています。御 神符は、お世話人を経由するほか、社務所にてもお受けできます。御神符は、 家の神棚又は台所、ボイラー、炉など(火を扱う処)に祀ります。